エッセイ⑩歪み/田園調布の整体 neuro relax

歪みとは?

骨盤が歪んでます。

首が歪んでます。

身体が歪んでます。

よく、ちまたで聞きますね。

歪みってそもそもなんでしょうか?

漢字をそのまま分解すると、

歪み=不正。つまり正しくない。

正しさってなんでしょうか?

骨という視点で考えると、

骨は左右対称に見えて、結構偏りがあります。関節の軟骨も同じです。また、背骨の突起の形も人によって異なります。足の長さも左右全く一緒というのは考えにくいです。

筋肉という視点で考えると?

筋肉も使えば繊維が太くなりますし、使わなければ細くなります。筋肉の長さも左右対称とは限りません。

つまり左右対称がただしい訳ではありません。内臓自体も左右非対称なんです。心臓、肝臓、肺、膵臓、脾臓、腸の方向など。

そして、ある研究結果では、上記のような構造的な偏りと痛みとの相関性は、「ない」というものもあります。

歪んでいて当たり前なんです。

正しい姿勢、正しい構造は理想論でしかありません。

目指すべきは、負荷をかけない為に効率の良い姿勢です。

歪み(不正)→効率の悪い。

正しい→効率のよい。

合理的ともいえます。

世の中、ある人の視点から捉えればその人なりには、すべて正しいのです。

正しいと思って行動もするし、正しくない行動だと思いつつも行ってしまった場合、あとから理屈をつけて正しかったことにします。

そうではなくて、人類個々の幸せのために如何に効率が良いか?を、考えてみましょう。

誰かを傷つけることは、自分にとっても相手にとっても、幸せへのマイナスの働きにしかなりません。

正・悪でみないこと。

身体の話に戻ると、なぜその姿勢になっているのか?

なぜその身体の使い方になっているのか?

それらが悪いわけではないのです。

痛みから逃げている姿勢かもしれませんし、小さい頃の教育や文化かもしれません。

ただ、身体に負担が掛かるから、それを止めるようにするだけのことなんです。

悪いから止めるのではなく、身体にとって負担になるから(効率が悪い)から変えるのです。

「歪みを取るために、矯正します。」

という言葉に違和感を覚えます。

矯正?身体を変えることができるのはご本人にしか出来ません。

わたしは、そのきっかけを与える事しかできません。人の身体を変えることは出来ないのです。

きっかけを与えることしかできません。

人の生き方を変えることはできないのと一緒です。意見を伝えることしかできません。一時的に矯正しても必ずより強い反動が返ってきます。

強制的な矯正ではなく、

「共生」なのです。

相互作用ということを意識することが1番重要だとわたしは思います。