【エッセイ①触れる。】田園調布のニューロリラックス整体

触れる

触れることができるのは皮膚。

触れることができるのは意識。

触れることが出来ないものは筋肉であり骨であり筋膜。

結合組織は結合組織。

それらを操り感知しているのは神経系。

個人の家庭の社会の意識は脳が生み出すもの。

そこにアクセスできるのは神経系しかない。

触れることは一方通行ではなく、双方向のコミュニケーション。

だこらこそ、それぞれのタイミングや環境の変化により毎回異なる反応が起きる。

だからこそマニュアルは通じない。

だからこそ不思議で興味が尽きない。

科学で分かることは極々限られている。

スピリチュアルなこともあり得るだろう。

しかし、私は混ぜたくはない。

混ぜてしまうと触れなくても良くなってしまう。

プラシーボは大切だが、触れる事に価値を見出したい。

触れるからこそ本質的に変化し得る。

妄想と現実を分けることができるのは、

触れて、触れられる、

感覚という「事実」があるからだ。

殆ど脳しか使わない現代だからこそ、

触れることの必要性を実感する。

触れられることで生きている実感を必要とする。

会話は人間社会のグルーミングの代用品。

グルーミングは類人猿の会話。

触れる以上に出来ることはあるのだろうか?